三井記念美術館にて。端正な顔と豪華な衣装、立派なお道具。女性が生まれたお祝いに誂えてもらって、お嫁に持っていって、娘に受け継がれて、何百年を過ごしてきた人形たち。小さな持ち物まで丁寧に保存され、漆はぴかぴかに光る。

暗い美術館が春の日和に包まれる。

最近かご作りに飽きて、読書もつまらない。このまま家でボーとしていたらバカになる、と思って、気になる展覧会には面倒がらずに行こうと思う。

正月の東博で見た朝鮮半島の焼き物が心に残り、根津美術館の朝鮮陶磁展へ。どっしりした質感と素朴と洗練の複合体。青磁も白磁も染付も、なめらかな肌にもシンプルも、味わい深い絵付も、何を見ても微笑みがこぼれてくる。たった1部屋の展示室を何周もした。

帰りは赤坂見附まで散歩して夕方はリハビリ。

住友家の漆器コレクション。何十人前で一そろいの豪華な会席膳やら青光りする螺鈿の茶箱やら豪華絢爛。これが使われた邸宅はどんなだったのだろうか、お膳使った後の手入れとか女中さんがやってたのだろうか、と想像が膨らむ。

天気が良かったので麻布台ヒルズ通り抜けて神谷町まで散歩。リハビリで右手を曲げ伸ばししながら歩いた。

夫が仕事を辞める気になった。会社の状況とか仕事のやりがいとか色々あったようで、このところボヤキが多いなあ、と思っていたら、来年度は大幅な体制変更もあるそうで、それならば、と辞めることにしたそうだ。

ボヤキは相変わらずだが、鼻歌も増えた。「キツネ狩りの歌」

二人で観音崎を散歩。品川から京浜急行の快速特急に乗ると小旅行の気分になる。

夫はタイドプールにしゃがみこんで珪藻採取。私は転ばないように少し手前で見ている。

潮風に当たったら耳鳴りが少し収まったと言っていた。

シーネ外れて2週間。腫れは少しづつひいてきた。お箸は不格好ながら何とか口まで届く。背屈と回外がてんでだめ。

「今が動かし時ですよ」と言われる。

帰宅時の地下鉄。

大きなスーツケースを二つ抱えて立っているおじいさんの様子がおかしい。気になっていたら、東京駅で駅員さんが乗ってきて「○○さんですか。お連れ様が池袋駅で待っています」と、スーツケースを1つ持っておじいさんを促す。てきぱきと反対ホームの電車に誘導。

想像するに、池袋で迷子になった同行者も携帯電話を持ってなくて連絡取れないのを、池袋の駅員から東京駅に連絡して、乗っているはずの電車を待ち受けて誘導したのだろう。

電車を遅れさせず、しかも親切で丁寧。「おもてなし」なんぞ日本人の自信過剰と思っていたが、東京メトロは大変立派だと思った。

おとといからシーネがとれてスプリントに変更。寝るときと外出時だけ。

1か月ぶりに見た右手は腫れてボロボロだけど、開放感と「ひとくぎり」感でうれしい。支えがなくて不安でもある。

右手が忘れている動作を少しずつ試す。髪の毛は結わける。箸は使えない。

手を使ってやることができないので、やたら散歩している。

昨日は東博。目玉の松林図屏風を見て、「この人はやはり天才だ」と感心。

閉館間際、東洋館に滑り込む。呉昌碩を見に行く途中で朝鮮半島の磁器で足が止まる。優しく端正な染付。こんないいものが無造作に展示されてる。

これで一区切りと勇んで病院へ。いつもの通りレントゲンのあと診察室へ。

予定の抜糸。医師と雑談しながら。だったのに、3つの傷のうち最後の傷で突然激痛。隣の診察室まで筒抜けになるような大声で絶叫。脳貧血起した。